『嵐』が更新されなくなる空白の期間まで、私がいま、できること。

会見の前と後、私の中ではなにも変わらなかった。

無責任かどうかを決めるのは、ファンでも外野でもなく、彼らにしかできないこと。

あえて、『誠意』という言葉を使ってわかりづらくも伝えた翔くん。

私は、嵐が誠意ある対応をする必要があると思っていない。

彼らでない私が、『誠意』ある対応かどうかは、決められる話ではない。

ただ、ファンクラブで一番に報告してくれた心遣いがうれしい。

 

嵐は嵐5人のためのものであって、ファンのものでも、ファン以外のものでもない。

というのが、私の根幹にある。

極端な話、彼らが「解散します」と言ったとしても、私は受け止めたと思う。

もちろん、悲しいし、寂しいし、続いてほしいと思う気持ちとの折り合いを、なんとかつけてではあるけれども。

 

あと2年の間。

私ができることは、これまでと変わらず、全力で笑って、楽しんで、声を伝えることだけだ。

ファンである私も、2年後そのときどう思っているのかなんてわからない。

自分の中で『嵐』が更新されなくなるなんて、これまで一度としてなかった。

絶望の縁に立たされているのかもしれない。

案外けろっとしているのかもしれない。

いや、ないと思うけれど。

彼らが与えたものなら、嬉しいことも、つらいことも、なんだっていいのかもしれない。

与えられなくなることに比べたら、なんだって構わない。

 

彼らがつくってくれた5×20ツアーという大きな機会。

彼らに感謝の思いが伝わるように、楽しんでいることが伝わるように、声を出して、反応をする。

彼らにすてきな景色を見せられるように。

これまでと変わらず、声を届けたい。